この世は、最低というには魅力的すぎる。
この世界は、好都合に未完成。 だからこそ知って、学びたい。
5月25日 月曜日。午前10:16。
隣で、愛犬の『かつお』が外に向かって吠えている。
そんな環境の中、この記事を書いています。
外からは、草刈りの機械の音。
普段ならノイズに感じるはずが、今日はなぜだろう。
心地よい朝のBGMに聞こえる。
この記事は、僕には珍しいことに、
『この世は、最低というには魅力的すぎる』
というテーマを先に決めて執筆しています。
普段は、記事を書いてからテーマを決めていますが、
今回は逆です。それはなぜか。
それだけ、このフレーズが頭から離れなかったから。
単純にそれだけです。
でも、無理やり内容を繋げたいって気持ちはなくて、
この言葉を聞いて、感じていることを綴っていこうと思います。
『この世は、最低というには魅力的すぎる』というフレーズは、
僕が考えた訳ではありません。
大好きなアニメ、
【チ。〜地球の運動について〜】
の登場人物である「ヨレンタ」という
天文学が大好きな女性が口にした言葉です。
『天動説』が信仰されていた時代、
ある一部の人間は『地動説』の可能性を探り始めました。
しかし、
その時代を牛耳っていた宗教団体としての教会は、
それを認めなかった。
理由は、既得権益が壊されるのを拒みたかったからです。
地動説を唱える者、その研究をしている者は皆、拷問を受けて公開処刑されてしまう。
それでも、教会側の圧力に負けず、
世の真理であろう『地動説』を唱え続ける勇者が複数存在した。
ヨレンタはその勇者の一人。
地動説に命を賭ける女性でした。
そのヨレンタの、あるシーンでのセリフが、
『この世は、最低というには魅力的すぎる』でした。
今朝、
サカナクションさんの『怪獣』を聞いている時に、
YouTubeに映っているMVを見て、ヨレンタの言葉が映っていました。
久しぶりにこの言葉を目にした時、
理由はわからないし、
書く内容もないけれど、この言葉を深く知ってみたい。
そう思って今、PCと向き合っています。
この記事は、
僕個人の感情と知を整理するために
記録しているだけなのかもしれません。
それでいい。
書きたいことを、自由に書いていいのだから。
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現実はクソだ。それを知った上でも
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毎日、少しでも気を抜けば、置いていかれるような虚無感。
「自分はこんなに頑張っているのに」
「なんであの人は、私よりも…」
「もう全て投げ出してしまおうかな…」
実際に、僕が思ったことがある心の叫びです。
このsubstackだってそう。
こうやって投稿しても、
いつ実るか全くわからないし、意味があるのかも知らない。
ただただ、目の前の自分が、
『今、可能な限り実行できる何か』
を手探りで向き合っている。そんな状態。
周りは、どんどん購読が増えていっている人もいる。
『なぜ、自分は誰もみてくれないのか』
そう思わない日はありません。
数字は関係ない。
そう決めていても、
感情の奥底から無意識に湧き出るような、失望感は拭えない。
これが、正直なところ。
現実でもそうではないでしょうか。
頑張って働いても、
給料が低いとか、休みがないとか。
不満を言えばキリがない。
政治・人間関係、
考えるほどに愚痴が出てしまうのが現状。
ただ生きているだけで、疲れ切ってしまう毎日。
【現実はクソだ】
そう思ってしまう時があるのは、必然なのかもしれません。
ただ、
そんな不条理で理不尽が蔓延る世の中でも、
『最低』を知った上で
希望を見出して生きていきたいと思ってしまう。
(これは、一番伝えたいことなのに、うまく表現できません…)
ヨレンタが生きていた時代も全く同じ状況だったと思います。
真理を追求することもできず
家族が殺され、怯えながら逃げ続ける日々。
でも、そんな世界でも
彼女は『この世は美しい』と表現しました。
ここに、僕たちは考えるべき余白があると思います。
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知ることと、学ぶこと
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この美しいという表現は、
単に物事が「綺麗だ」という意味ではありません。
空を見上げ、星の動きを知り、
『なぜあの星こう見えるんだ?』
『世界はどうなっているんだ?』
という、素朴な疑問から答えを探っていく。
多分、【知的な好奇心】からくるものだろうと思います。
そこから、答えを紐解いていって、学んだ時に
納得したり、嬉しかったり、
喜びに変わるものではないかと思うんです。
それがヨレンタが言う、
『魅力的すぎる』
という美しさではないかと思います。
私たちが生きている現代は、合理的なようで不合理です。
でも、不合理だからこそ、『未完成』でもある。
未完成だからこそ
『知る』必要があって、『学ぶ』ことができる。
その学びこそ、
今を魅力的に生きるために必要なことなんじゃないかと思います。
そして、学ぶためには
『好奇心』を持って、物事を見ること。
目の前の、当たり前のことを
視点を変えて斜めから、
後ろから、横から俯瞰して眺める。
そうすると、
気づけなかった新しい学びが生まれる。
人間として、
毎日を『美しく、魅力的に過ごす』には
この視点を変えてみるのが大切なんだろうなぁと感じています。
AIは、『知る』ための道具。
知った内容を、噛み砕いて、咀嚼して飲み込めるまで考える。
そうして初めて「学び」になるものだと思います。
知るだけで終わらせるのはもったいない。
人生を味わい深くするために
学ぶことを忘れないように生きていきたい。
この世界は、好都合に未完成。
だからこそ知って、学びたい。
ヨレンタは、これを教えてくれたように思います。
【余談】
この記事は、
本当に伝えたいことをまとめられずに6割ほどで投稿しています。
伝えたい想いがあっても、まだ、文字にしてうまく表現できません。
完璧を求めると、僕は、書けないのがわかってきたので、
こうして未完成なまま出しています。
⬆︎アニメ知ってると、このMVが泣けちゃいます。ヨレンタの言葉は『2:54』




かつおさん
まるで素潜りをしているような記事でした。
「チ」は深く揺さぶられるお話でしたね。
殺されるかも知れないのにやめられないことがやりたいことなんだって思いました。
そして、6割で出されるというかつおさんにも深く共感。私も迷えば迷うほど出せなくなるのです。