『無限空虚』
結局、ヒトは、『ナイモノネダリ』の習性からは抗えないのかぃ?
まず始めに。
実は、この記事を書く予定は全くありませんでした。
書きたい時に、書きたいように記事に向き合う。そんなスタイルだから、更新頻度に関しては意識していません。
テーマだってバラバラですから。
ただ今回は、今、ここで感じていることを文字にして残しておきたい。
それだけの理由で、PCを打ち込んでいます。
いつも、僕の記事を読んでくださっている方にとっては、退屈な内容かもしれません。『面白い』の要素が全く入らないから。いつも面白いかは謎ですが
『お前から、笑える要素がなかったら、何が残るんだよ!!』
と思われる大天使ミカエル様のような天竜人は、ここで記事を閉じた方が良さそうです。
今回は、珍しく真面目な話かもしれません。
あ、ちなみにですが、【呪術廻戦】に登場する”五条悟”が繰り出す技。
「無量空処」とは全く関係ない話です。語呂が似てしまったのは、たまたまです。
ごめんね、悟。

今、僕は時間がありすぎて、やるべきことができない。そんな矛盾すぎる渦の中で、生きています。
おかしな話ですよね。
誰もが時間を欲しているのに、僕はその価値を手に入れているのに、空虚な気持ちしか残らない。
そんな毎日が続いているのが現状です。
この記事は、そんな今の気持ちをただ、ツラツラと書き記すだけの整理帳です。
はい。
🪽:「時間価値」の理不尽さ
僕は、時間があれば、毎日ウキウキだと思っていました。だって、したいことがいくらでもできるんだもん。
前職の勤務から離れて、今日で….何日だ?
12日目かな。
仕事をしている時は、いつも何かしら「時間」に追われている日々だった。
もっと釣りに行きたいし、狩猟の手続きも進めたい。妻の事業を法人化するから、その書類も用意しないと。
とにかく、時間が欲しかったんですよね。
でも、いざ、離職してみると、毎日が楽しいと思えなくなっている気がするんです。
釣りだって、いくらでも行ける。
狩猟・法人化の手続きだって、やる時間は有り余るほど用意されているんです。
でも、できない。それが僕の現状。
このできないって表現は、病気的な意味合いではなくて、
どちらかというと、【先延ばしにしてしまう意味】に近いです。
遊びって、時間がない時の方が楽しい。
今は、そう強く思っています。
忙しい。でも、隙間を縫って、何とか時間を作って遊ぶ。だから楽しい。
そう考えると、『不都合』とか『制限』、『ストレス』っていう厄介者は、案外、人生を楽しむために必要な活力源なんじゃないかって思うわけです。
だって、今の僕は、釣りに行ってもあまり楽しくないんですから。
釣りに行けて当たり前の状況でやっても、魅力を感じられなくなっています。
不思議だな。
あれだけ、釣り三昧の日を待ち遠しく思っていたのに。いざ手に入れたらコレだもん。
人は、ナイモノネダリなんだなって思う。
🕊️:『余白』の『余』
以前、僕のsubstack同期のNatsukoさん( Natsuko|Letters of Yohaku🕊️ )がこんな記事を投稿されていました。
『余白は、遊び』かもしれないって意見は、僕も同じことを思っています。
もちろん、余白を丁寧に説明することはできません。遊びだけじゃなくて、色んな意見があるでしょう。
それは、今は置いておいて。
僕は今、めちゃくちゃ遊べる時間があるわけなんですよ。
プロの無職ですから。
でも、『あれ…?』って思うわけです。
遊ぶ時間は腐るほどあるのに、【満たされない虚しさのような感情】ばかりが邪魔をしてくるんですね。
ここで、考えてみたんです。
余白ってのは、『余』があるから輝くのであって、『白』だけでは成り立たない。
こう考えることができるのではないかと。
つまり…プロ無職ってのは、毎日が真っ白です。オフオフのオフホワイトです。ん?「休日のoff」と、予定が0の「オフホワイト』のオフをうまく掛けれた。ラッキー
ここで、Natsukoさんの記事の内容をお借りしますね。
私は長年、レキシのライブに行きたくて行きたくて、稲穂を振りたくて振りたくて。
そんな念願叶っての、レキシ初ライブ。
彼女はフォトグラファーさんだから、きっと多忙だと思うんです。
インスタでも、たくさんの写真を投稿されている。(めっちゃ綺麗な写真ばかりだから、是非、見て欲しい)
…で、さっき抜粋したお言葉を見ると、『長年』と『念願叶って』って表現をされています。
きっと、お仕事で忙しかったり、希望のチケットが中々取れなかったりしたんじゃないかなって思うわけです。
これって、『不都合』・『制約』があったからこそ、『余白』そのものが成立して、【余】の価値が生まれた瞬間じゃないのかなぁって。
もしプロ無職が、いつでも行けて、すんなりチケットが取れて、
何回でも参加しているライブだったら、そうは思わない気がするんですよね。
つまり時間って、『何らかの不都合』があるからこそ、成り立つものっていう価値があってもいいんじゃないかなって思います。
そう考えると、いつも悪者にされがちな「仕事のストレス」や「時間的規則」って、
人が本当に満たされる感情を得るために必要な要素になり得ます。
…例えるなら、『ディズニーランド』。
ディズニーって、来場者の数の割に、チケット受付の数が足りていないんですよね。
あれ、わざとらしくて。
エントランスで、わざと来場者に『ストレス』を与えて、入場できた時の『喜びの感情』を倍増させているシステムなんです。(これは多分、本当)
よく考えられてるなー。あんまり待たされたらぶちキレるけど
ストレスがあるからこそ、それを解放した時の達成感とか、満たされる気持ちが生成される。
僕たちでいうと、それは、『仕事』になるのかもしれませんね。
あ、それと!!
以前、 mona さんから、こんなコメントをいただきました。
この、「無限空虚」は、『定年後』にやってくると。これは、厄介だぞ。
五条悟の必殺技を、60歳過ぎてから受け止めることは絶対に無理です。くたばってしまう。
monaさん、定年後対策のアドバイス、本当に助かりました。ありがとうございます!
🫥:「無限空虚」
唐突ですが…
『モチベーション』という言葉が苦手です。
というか、正直、嫌いです。
(よく使われる方はごめんなさい。でも本心です🙏)
『モチベーション、上げていこう!!』
よく言われる言葉ですよね。でも、こいつはとても厄介なんです。
モチベーションってのは、意思の中に存在するものではなくて、
『小さな成功体験』があって初めて生まれる感情だと思っています。
つまり言葉だけで、モチベを上げることは不可能です。
もし、成功体験なしでモチベが上がったなら、それはきっとマボロシです。
言い換えるなら、睡眠不足の時に「エナジードリンク」を飲んで、ギンギンになっているあの感じ。
意思だけでは、操ることはできないんです。
今の僕は、「成功体験」が極度に少ない毎日を送ってしまっています。
これも、言い換えるなら…単純に『ダラけている』。ただそれだけかもしれません。
本当は、時間はあるはずなのに。
でも、時間がありすぎて、”いつでもできる”ことに依存してしまっています。
完全な、ダラけです。
釣りも、狩猟も、法人登記も。
これが、【無限空虚】の原因だと思っています。
小さくてもいいから、何か始めないと。
なんでもいい。とにかく、成功体験を重ねないと、生活のモチベーションが上がらない。
だから、この記事を書いています。
全く構成もないし、内容だって、あっち行ったりこっちいったり。
思考迷子です。
でも、それでもいいじゃないですか。
会社を辞めて、求めていた自由を手に入れたのに、満たされない。
お金じゃなくて、誰もが欲しがる「時間」を手に入れたのに、空虚。
そんな虚しさのような、虚勢のような、
よくわからない感情を今、この文章にぶつけて記している。
これだけで、少し僕は無限から逃れられる気がしています。
ほんのちょっとの成功。
それは、この記事を書くことから始まっています。
皆さんは、毎日、お仕事で忙しいでしょう。
「時間がなくて、やりたいことができない」と、憤りを感じている方もいるかもしれません。
でも、ちょっとだけ立ち止まってみて欲しいんです。
全ての『不都合』が本当の悪ではないかもしれません。
毎日の「制約」の中にこそ、
もしかしたら、本当の『楽しさ』や『幸せ』の種があるのかもしれない。
【白】だけでは、楽しめません。【余】は、隙間です。
お忙しい日々から、ちょっとだけ【余白】を見つけてみる。
不都合すらも大事にして、『今』を作り上げていってもらえたらと思います。
時間があるから、幸せじゃない。
手に入れても、多分、ヒトはきっと「無くしたもの」を探すようにできています。
だから。
普段から、いつもそばにあるものに感謝を込めて。
隙間から、小さな一歩を積み重ねていって欲しいと、思っています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。






あんなに欲しいと思っていた時間なのに。
と、かつおさんのお気持ちがヒシヒシと伝わる記事に、あーそういう状況になってしまうのか。と考えさせられました。が、今日のピートンさんの記事にもあるクエスト化みたいに釣りも法人手続きも遊び心を入れてみたら、ちょっとは違う楽しみ方が出来るのではないかなって、読んでで思いました🌸
「時間がありすぎて、やるべきことができない」
僕もまさにそんな渦の中にいるので、沁みました。なのに、時間はあっという間に過ぎていくから不思議です。
(ちなみに呪術廻戦に「うずまき」という技もあります🤫)
僕も小さな成功体験を積んでいこうと思います♨️