六甲山の腕時計
高級時計なんて、見栄だと思っていた。 でも彼女は、その時計に会社への感謝を込めていた。 これは、若かった僕が“意味を持つこと”を教わった日の話。
この記事は、決して高級時計を持っていることの自慢話ではありません。
(ちょっと自慢したい気はあるけど)
25歳のとき、
IWC(インターナショナル・ウォッチ・カンパニー)という腕時計を無理して購入しました。
それには、理由があったんです。
たった一人の女性の、ある言葉がきっかけでした。
正直、お高い時計を買おうなんて全く思ってなかったし、
必要性すら感じていませんでした。
『腕時計なんて、時間がわかればいいじゃん。スマホでもいいし!』
『Gショックが最高だ!!』
そんな僕が、次の日、
思い切ってジュエリー店に足を運ぶことになっていたんです。
『お金がある』から時計を買うのではない。
『感謝の意を込める』から、その時計を選んでいる。
そんな、ノンフクションなお話です。
==============
あの人の腕にあったもの
==============
17年前、大学を卒業した僕は、美容ディーラーになった。
美容師ではない。
けれど、美容室に商品を売る以上、
髪のことも、肌のことも、知らないでは済まされなかった。
他のディーラーのことは詳しく知らないけど、
美容のディーラーは、メーカーさんとの【同行】というものがある。
これは、一緒に車に乗って、サロン様を訪ねて、商品を営業する。
いわば、売り込みの共同作業だ。
同行は、結構な頻度で依頼されるから、
それをきっかけにメーカーさんと仲良くなることもよくある。
僕が、『カヨさん』に出会ったのも、この同行だった。
カヨさんは、総合美容メーカーさんのインストラクター。
いつも、髪も服も、言葉まで整っている憧れの人。
当時の僕からしたら、それだけで眩しかった。
そんなカヨさんとの同行では、
みっともない仕事ぶりは見せたくない。
同行予定のサロン様には事前の案内は入念におこなっていた。
見え張って、「デキる新人営業」に見せたかったのだろう。
今でも、必死だったことを覚えてるくらい。
彼女とは、いつから親しくなっただろう。
仕事上、連絡先の交換は必要だったから、それは置いといて。
あれは確か、6月頃の同行中。
車内で僕が「アメージング・グレイス」の鼻歌を歌ったことがきっかけだったと思う。
彼女が運転席の横で、
『えー!?アメージング・グレイスを鼻で歌うの初めて聞いたよ😆』
って、ゲラゲラ笑い始めた場面から、一気に距離が近づいた気がする。
あ、そうそう。
カヨさんは、3つくらい年上の女性だったのを思い出した。
————————————
そんな彼女の腕には、いつも高級そうな時計があった。
『BVLGARI』と『ブライトリング』。
どちらとも、相当な金額の腕時計だ。
(ブルガリのキーリング。高校の頃、ネックレスにして付けてたなぁ…)
当時の僕は、腕時計には全く興味がない。
むしろ、【金持ちの道楽】として、少し距離をとっていた。買える余裕もなかったしね。
「たっかそうな時計してるなぁ。きっと、給料もいいんだろうなぁ…」
そんな素っ気ない「嫉妬」のような感情。
興味がないふりをしていただけで、
本当は、羨ましかったんだと思う。
==============
『意味』を初めて買った日
==============
ある日、僕は思い切ってカヨさんをご飯に誘った。
多分、いや、きっと彼女に惹かれていたんだろう。
色恋の話をしたいわけではないけれど、
経緯としては、そこを飛ばすわけにもいかない。
返事は、あっさりしていた。
『ぜひ、行こう!色々、話したいこともあるから!!』
僕は、福井。
彼女は兵庫。
その時は、兵庫にいるようだったから、車で向かった。
適当に宿泊先を予約して、
思い立ったかのように福井を出た。
夜ご飯を食べて、少しだけ兵庫を案内してもらった。
そして、ゆっくり話をしたのが【六甲山】だった。
あの夜景は、今でもはっきり覚えている。
街の光が、足元のずっと向こうまで広がっていた。
きれいだった。
ただただ、綺麗だった。
そして、腕時計の本当の意味を知ったのもその夜だった。
『ねぇ、カヨさん。前から聞きたかったんだけど….』
僕は少し照れながら聞いた。
『いつも高そうな時計してるよね。
そんな高級な時計、なんで付けてんの??』
何かを求めていたわけじゃない。
ただ、ふと聞いてみたかっただけだ。
(本音を言えば、、ちょっと付けてみたかったって気持ちはある)
すると、彼女は、
しばらく夜景を見つめた後、遠い目をしながら、ゆっくり答えた。
かつおくん。
私が、この時計をつけているのは、自分のためじゃないの。お仕事で、色んな人と初めて出会う時、名刺を渡すでしょ?
その時、名刺と一緒に目に入るのが『時計』なの。私にとって時計は、『名刺』と同じようなもの。
そして彼女は、こう続けた。
【私は、この会社でこの時計が買えるようなお給料をいただけています。
社員に、きちんとお給料を出してくれている素晴らしい会社です】
この心のメッセージを、腕時計に込めているの。それは、相手に気づかれなくたっていい。
私なりの、会社への感謝の気持ちなの。
だから私は、この時計を付けることに意味があるのよ。
この言葉を聞いたとき、
ただ、「高そうな時計だなぁ」なんて、
距離をとりつつあった自分をぶん殴りたくなった。
頭の中では、顔面がボコボコだ。
お金があるから高級時計。
見えを張りたいから高級時計。
僕はそんなふうに思っていた。
でも、まったく違った。
金額じゃない。
見栄でもない。
彼女は、自分の会社への感謝を、腕に巻いていた。
その想いを、時計に乗せていた。
彼女には、そんな「大人すぎる理由」があった。
————————————
その次の日。
僕は、全く時計のことなんて全くわからないまま、
福井で一番有名なジュエリーショップに駆け込んだ。
店内には、これでもかと、
想像を絶するようなアクセサリーや時計たち。
初めて都会を散策する田舎の子供のような好奇心で
店内を見回る僕は、少し浮いていたのかもしれない。
いや、だいぶ浮いていたと思う。
そんなことはどうでもよかった。
僕は、ここに『意味』を探しに来ている。
決心した人間は強い。
どんな目で見られようとも、びくともしない。
筋トレよりも、よっぽど精神が強くなる。
『ロレックス』
『オメガ』
『フランクミューラー』
『パティックフィリップ』
サッカーで言うところの『メッシ』が何人も並んでいるような場所だ。大谷翔平の方がわかりやすかったかもしれない!
正直、よくわからなかった。
それでも僕は、直感で、一番シンプルで、少しだけ「通」っぽく見える時計を選んだ。
それが【IWC】だったってわけ。
高級時計を買ったわけじゃない。
カヨさんから教えてもらった、【意味】と言うものを初めて買ったのだ。
もちろん、ローンで。
カヨさんから教わった、自分だけの『意味』。
それを腕に巻くようになってから、
心の持ちようは、少しずつ仕事にも表れていったように思う。
16年経った今でも、
あの時の決断は間違っていなかった。
そうはっきり言える。
”機能”より”意味”。
”見栄”ではなく”意思”
彼女は、そんな「静かな執念」を、
言葉ではなくて「自分の在り方」として表現していた。
だから今でも、感謝している。
僕はこれからも、
自分の意思をこの時計にのせて、
新しい誰かに出会っていきたいと思う。
【あとがき】
今回は、『意味を乗せる』と言うテーマで書いてみました。
この内容は、前々からずっと記事にしたかったのですが、
カヨさんの想いをどうしてもうまく表現することができなくて。
だから、この文章は、いつもとテイストが違います。
ちょっとユーモアを挟んでみたり、物語調にしました。
そのほうが、スラスラと記憶が蘇ったから。
今思うと、
私の妻も『ブライトリング』を付けています。
妻には、
どんな想いがあって、あの腕時計を選んだのか。
きっと、自分だけの『意味』があるはずです。
でも、それは聞かずに置いておこうと思います。
彼女だけの秘密かもしれないから。
そして、僕のパートナーである『IWC』の時計。
オーバーホールに16年出していないので、悲鳴をあげています。
ダメじゃん。





わかります。何か買い物に行くときに、ユニクロの服を着ていても、一目でどこかのジュエリーをつけていると信用されるのか、大切に扱われます。
学芸員は指輪、ピアス、時計は作業中は身につけられないのでコレクターの信頼を勝ち得るためにモンブランのボールペンなど筆記用具を武器にしていたことを思い出しました。
高級時計はメンテナンスしないといけないのが玉に瑕ですよね。結構メンテにお金がかかりますね。
かつおさん、はじめまして!
『かよ』さんへの敬意や高級時計への考え方が素敵で一気に読んじゃいました!
引きこまれる文章も最高でした。
実は、僕も高級時計の記事を書いていましたが、時計ひとつで全然捉え方が違うので面白かったです。