愛を込めて、終止符を。
僕を悩ませたのは『人』であり、救ってくれたのも『人』であった。
今思い返すと、”長いサラリーマン人生だったな”と。
大阪の大学を卒業してから、今まで19年。会社員として、自分なりにも『頑張ってきた』つもりではあります。
美容ディーラー・編集社を経て、最後の教育業は14年。
(福井は狭いから、ここではあえて教育業とだけ表記します)
色んな上司にも出会い、色んな後輩(僕はあまり部下とは呼びたくない)を育ててきました。
誰かの下で働くのが好きじゃなかったから、
元々、「会社員」ってのは、自分には向いていなかったんだろうとも思います。
『なんで、こんな効率の悪いことしかしてないの….??』
『いや、それはあなたの知識不足が原因じゃん…』
などと、自分が無意識にできることを気付けない社員に対して、違和感を持ち始めたのが、28歳のとき。
毎日、同じ時間に起きて、通勤は片道1時間。
雪が降る時は、高速道路を使っても1時間半はかかります。
(雪が積もると、通勤にどれだけ時間がかかるかわからないから、高速乗らないとキツイ!!!)
繁忙期は、朝5時起きの22:00帰宅が数ヶ月続いたり。
体力だけじゃなくて、メンタル面でも限界だったんでしょうね。
あ、そんな話はいいや。
話題を戻さないと。
会社ってのは当たり前ですが、自分に合う人間もいれば、合わない人間もいます。
苦手な人を無視できるかと言ったら、そんなことはねーだろ!!って思うわけですよ。
『ジェントルマン』たる者、大人の対応ってのが必要なわけです。
後輩もいるしね。
でも、うちの会社には、かなりの強者たちが揃っていまして。
どうしても、その職員を認めることができない日々がずっと続いていたんですよ。
なので、僕がサラリーマンから降りる人生を選んだのは、『人』が要因だったってことです。
……最後の勤務日を迎えるまでは。
うちの職員の話をすると、果てしなく長くなってしまうから。
今更、悪く言うつもりもないので、気になる方はこちらの記事をよんでいただけたらと思います。あの記事を書いていた時は、本当に感情任せに殴り書きしていたから、できれば読まないでほしい!!!
勤務をしている頃は、本当に毎日が苦痛で。
【早く辞めないと、自分が腐ってしまう】
そんなことを本気で思っていました。
お客様ではなく、職員に対して苛立っていた時間が長かった。
きっと、最後の勤務日も、
『やっとここを去れた!こんなとこ、早く帰ろ!!』
なんて、ルンルンな気持ちになるんだろうなって思っていたんです。
でも、現実は全く違って。
退職する日が近づくほど、みんなが優しいというか…
あったかい存在に変わってきたんです。
『かつおさん、もうすぐいなくなっちゃうんですよね…』
『寂しいですよ、マジで』
『かつおさんの業務、他に誰ができるんですか?無理っすよ』
ただの自慢大会に聞こえるかもしれないけれど、本当に、嬉しい言葉をたくさんかけてもらえました。
その中には、毎日、会社でプロテインを飲んでいる、僕の大嫌いなあの後輩も。
(あえてここでは、言葉を選ばず大嫌いと表現させてほしい)
『かつおさん…いつも陰で助けてもらっていたの、嬉しかったです』
『これ、少ないんですけど、使ってください』
『本当に、ありがとうございました』
大嫌いな彼は、本当に嫌いでした。
トイレで横に並んでも、全く話さないほど避けてた。
上司としては、最低かもしれないけど、それぐらい社会人として認めることができなかった。
なのに、誰よりも早く声をかけてきてくれて、餞別も持ってきてくれたんです。
その時、今まで、相手のせいにして、色眼鏡で人を見てしまっていた自分を恥じました。
社会人として、先輩として、ちゃんと大人の対応をしていなかったのは、自分の方だったと。
最後の勤務日は、本当にみんなが声をかけてくれて。
それだけで嬉しかったし、『事業がキツくなったらいつでも戻ってこい』とも言ってもらえて。
今まで、ずっと、職員を卑下してしまっていた自分を、こんなにも『仲間』として思ってもらえてたなんて。
あ、そうだ!!
僕が一番仲良くしていた後輩からは、
お小遣いを貯めてプレゼントまでしてくれたのを伝えなきゃ。
ありがたい。
本当に、ありがたい。
『みんなに支えられて、ここまで来れました』
なんて、よく使われるフレーズかもしれないけど、この言葉以外見つかりません。
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そして、家庭では、ずっと苦しそうにしていた僕を支えてくれた『妻』にも感謝しています。
妻は、おにぎりを作ってくれる時があります。
そのおにぎりを包むシールによく落書きをしてくれているんです。
僕は、それを捨てることができなくてコレクションしていたんですよね。
彼女に敬意を込めて、写真載せておきますから。
愛用していた、筆箱も妻からの誕生日プレゼントでした。
このタイミングに乗っかって、写真出しちゃえ!!!!!!
今しかない!!いけっっっっっっっっ!!
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substackのフォロワー様にも、たくさんお声がけいただけました。
オンラインでも、リアルでも関係ない。
自分は、たくさんの『人』に支えられているんだ
と改めて、感じる日となりました。
substackの皆様は、本当に優しい方ばかり。
そのコメントを、ここでご紹介させてください!!
(順不同)
え!?
『あんまり載せすぎると、スクロールが多くなって離脱されちゃうんじゃないかって!?』
えーい、やかましいぃ!!感謝は伝えるもんなんじゃい!!!
まだまだいくぜっっっっっっ!!!!!!
※抜けがあったら教えてください!!
会ったこともない。アイコンも怪しくて、
素顔もわからない僕に、こんなにも温かい言葉をかけていただける。
substackを始めて、ほんと良かったと心から思います。
みなさま、ありがとうございます!!
会社を辞める理由を聞かれると、ずっと「人です」って答えてきました。
仕事が嫌いだったわけじゃない。
お客様が嫌いだったわけでもない。
ただ、
毎日のなかで少しずつ積み重なっていく違和感とか、どうしても飲み込めない気持ちみたいなものがあって。
それに、もう耐えられなくなってたんだと思います。
だから最後の日も、
きっと「やっと終わった…..」って思うんだろうなって、そう想像していました。
でも、実際は違ったんですよね。
最後の最後に残ったのは、「怒りでも解放感」でもなくて、【感謝】だった。
あれだけ嫌いだった人が、まっすぐに言葉をかけてくれたこと。
ずっと一緒にやってきた後輩たちが「寂しい」って言ってくれたこと。
家で何も言わずそばにいてくれた妻がいたこと。
そして、ここで出会ったみなさんが、温かい言葉をくれたこと。
思えば、僕を悩ませていたのは「人」でした。
でも、最後に救ってくれたのも、やっぱり「人」でした。
結局、人なんだ。
そう思いながらも、19年の会社員生活、「悪くなかったな….」って今は思えてます。
(・・・強がらずに言えば)
というか、
悪くなかったどころか、ちゃんと、丁寧に『幸せだった』のかもしれない。
人の価値は、測ることはできません。
だからこそ、満ち足らない感情すらも、感謝して生きることが、
「幸せ」に近づく一歩なのかもしれないと、今では思っています。
新しい人生のスタート地点として。
もう一度、人への感謝の気持ちを持って、これから進んでいこうと思います。
長い文にも関わらず、最後まで読んでいただいてありがとうございました!













かつおさん、19年の勤務お疲れ様でした。
最後の瞬間に見えた人のあたたかさは、時間が経ってもふと蘇るものだと思います。
私も10年前に退社を経験しましたが、去り際に受け取った言葉や表情は、その後の支えになりますよね。
かつおさんの新しいスタートが、力強くひらけていきますように🐾
かつおさんお疲れ様でした。きっとかつおさんのレベルが上がったので別の場所に移動する時が来たんですね。個人的には「いつもコケる、この危険段差にも感謝!」にツボりました。私にも辞めた場所にそういうところがあって、この間数十年ぶりに訪問してまたこけました。こけたときにあの時の気持ちを思い出しました。かつおさんも何年かしたらそうなっているといいなと思いました☺️