デジタルから離れてみる。
「デジタルの中に生活」じゃなくて、「生活の中にデジタル」を置くだけ。
タイトルの通り、デジタルから少し距離を置いた。
今日で5日くらいかな。
substackを含めて、SNSはほとんど見ないし、スマホ・PCも用事がない限り、開かない。
別に理由があったわけじゃなくて。
ただ、今まで現実世界でできていたことが、おろそかになっている気がして。
「デジタルデトックス」とまではいかないけれど…ただの思い付きだということは声を大にして言いたい。
でも多分、内心は、『義務化』されることが凄く苦手で。
SNSを見なきゃって感じることから少し距離を取りたかったんだと思う。
ってことで、substackもたまにしか開かないようにしていたのでありんす。
僕は、オンラインとオフラインをいい塩梅で両立することはできないんだと思う。
SNSにのめり込んでしまうと、現実が疎かになっちゃって。
だからなのかな。
少し、PCから離れて生きたかったんだね。
そんな時間を過ごしていたもんだから、
現実では今まで後回しにしていたことができるようになったのは本当の話。
(決して、SNSが悪いわけじゃない。僕は両方を全力ではできないってだけ)
筋トレ・読書・保険の更新の話….
ここら辺が『ちゃんと』できるようになったのは、デジタルから離れたおかげだと思う。
んー….「できるようになった」って言い方はちょっと違うか。
また、「以前のペースに戻せた」って方がしっくりくるよね。
で、本当は今日も記事を書く予定はなかったんだけど、ちょっと【日記】みたいなものを載せたくて。
だから、”お前の日記なんて読みたくねーよ!”って思う方は、ここで閉じた方がいいと思う。
というのも、この『日記』って需要がないって言われがちだけど、そんなことねーんじゃないの?って思い始めたからなんよね。
一応、きっかけを言うと、一冊の本のおかげなんよ。
『ガメ・オベールの日本語練習帳』。
ガメ・オベール JamesJames さんてsubstackもされていて、めちゃくちゃ面白いし、知的で記事も半端なく素晴らしい。
で、ガメさんのブログの書籍があって、それを読んで、「日記」・「エッセイ」の面白さに改めて気づいてしまったってことです。
ほんと、半端なく面白いから読んでみてほしい。
◾️🕊️:やっぱり現実もオモシロイ
デジタルから離れると、家にいることが減ったんだよね。僕の場合はだけど。
特に、SNSに夢中になっていると、頭が痛くなったり、肩が凝ったりして。
そんな毎日も結構辛かったなって思う。
人に会う時間を作れたり、行きたかったお店に行けたり、大好きな時計のオーバーホールを取りに行ったり。
(本当は、たくさんエッセイとして書きたいことはあるんだけど、今日は、今日だけの話で置いておきます)
あ、そうそう。
IWCのオーバーホール、¥250,000もしちゃって。
なんか、文字盤が少し腐食してて交換がなんとかで、めっちゃ高かった。
プロ無職、急な支出は自殺行為なのだよ。
そもそも、そんな金額なら、普通の時計何本買えるんだよって思うけど。
大事な想いがある代物の価値には変えられない。
↓僕が、高級時計を買ったきっかけはコレです。よければどーぞ。
しかも、時計が返ってきたのはいいものの、バンドの取り付け方が間違っていて。
これ、IWC社のミスらしいんだけど、「そんなの見たことない!!!!」ってスタッフ全員が驚いていたから、僕はかなりのレア確率を引いたらしい。
嬉しいような、嬉しくないような。
金額、結構高いんだから普通に戻してくれよっては思うけど。
その帰り、オシャレなカフェに寄った。
このまま帰ると、家でだらけてしまうことが確定しているから。
(なんてったって、午前中にトレーニングを終わらせているからね!)
このカフェ、こんな田舎には絶対に合っていない程のゴージャス具合。
なんかもう、ヨーロッパにあってもおかしくない雰囲気の空間なんよ。
本当は、写真を使わずに文章で表したいんだけど、そんなん無理だから。
僕は、カウンターに座った。
その方が、なんとなくカッコいい気がしたし、一人なのにテーブル席に着くのが嫌だったから。
テーブル席でワイワイ騒いでたのは、70代くらいのギャル達だったんだよね。
いつの間に、ここはギャルの溜まり場になったんだろう。
で、久しぶりにそこでちゃんとsubstackを開いて、
カフェ模様を投稿したんだけど、すぐコメントくれる神様のような方々がおられる。
これ、めっちゃ嬉しかったんですよね。
しばらく僕は、substackの記事も読めていないし、交流もほとんどしていなかったから。
『あ、あいつそろそろ辞める雰囲気だな〜』って思われても仕方ない状況で。
それに、『テメー、全然記事も読めてねーくせに、自分の投稿だけリアクションしてくれなんて、甘いこと言ってんじゃねーぞ!』って。
そう捉えられても、おかしくないと思うなかで。
すんごいみんな優しい。ここでも、やっぱり感謝なんですよね。
ありがたい。
ほんとありがとうございます。
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ほんで、そうこうしていると、
いつの間にか、カウンターの3つ飛ばしの席に若い女の子が座ったんですよ。
「あー、ソロで来てる。しかも、美女だなー」
って、こんなくだらないことを40過ぎのおっさんが思っているなんて、きっとバレてない。
バレてもいいんだけど。
ちょっと、エンタメ感覚でその子の動きを横目で観察したりして。
すると、チラチラこっちを気にしている所作が入ったことを見落とさなかった僕。
「むむっ。まだまだ現役でいけるか俺!!」
なんて、自己陶酔に入る間際に、気付く。
僕の左側には、トイレがあって。その子は、トイレに向かったのさ。
いや、トイレがあんな奥にあるなんて知らねーから普通。
きっと、この子は通だな。20歳前後の通だわ。
短い時間だったけど、夢を見させてくれた貴方にコーヒーで乾杯。
◾️🕊️:現実とデジタルのあいだ
うまく両立するなんて、やっぱり僕にはできないと思う。
不器用なのか、時間の使い方が下手なのか。
そんなんわからないけど、少なくとも、「デジタルの中に生活を置く」ことはしないと思う。
そうすると、なんか満足感がなくなる気がする。「生活の中に、デジタルを置く」方が、僕には合ってる。
そう思っている矢先に、エンジニアから電話があって。
『コーデックスでアプリ作るの手伝って!』って言われたりする。
たまったもんじゃないよ。
せっかく少し離れようとしてるのに、悪魔の囁きをしてくるんじゃないよ。
まったく。
僕の大好きな東出昌大さん。
少し前に、YouTubeの動画更新をやめるって言ってた。
カメラを意識して料理を作ることが自分の本来の生活やスタイルとは異なると感じる。
このままでは生きてる実感を失ってしまうと考えた。
これが理由らしいけど、めちゃくちゃわかる。
人間らしい生活をしたくて、デジタルから少し離れて、アナログで生きていきたいって思っていたのに。
いつの間にかデジタルに支配されようとしている自分がいる。
「それ、デジタルが悪いわけじゃなくて、意思の問題じゃね?」
って言われたらそれまでなんだけど。
SNSにのめり込んでしまう良さもあるんだろうけど、僕の場合はそうなると、自分が求めているスタイルとはかけ離れてしまう。
だから、うまく出来ないんだけど、デジタルとの距離を見定めていくことが、今の目標になりそうなんだよね。
出来ないけど。
そんな感じで、毎日、くだらないことで悩んだり、しょうもないことを楽しんだり。
substackに急に現れたり、ふと不在になったり。
「ふんわりと生きている人間がいてもいいんじゃないかな〜」って思ったよ。
っていう、記事でございました。
あ、愛犬「かつお」の新しい激安のおもちゃが加わったので置いておきますね。
タコかイカかよくわかんないから。
最後まで、読んでいただいてありがとうございました。










70代のギャル達 に、クスッとほっこりしました☺️かつおさんの文章の温度感、好きです🌿 なんか、リラックスしてる人が書いてる文章と、頑張っている人が書いている文章って、伝わるものが違うのかなと。
どちらも大切ですが、頑張らないといけないSNSになると、やっぱりsubstackも辛なくなりますよね。
生活を大切にして、適度にデジタルに繋がる。
わたしも、それが理想的だなぁと思っています🕊️
かつおさん
海外に行ったとき、
世界遺産をいくつも巡った記憶をふと思い出しました!
写真を撮りまくった場所って、意外と記憶が薄かったりするんですが、
逆に、写真を撮らずにただうろうろ歩いていた場所は、今でも景色や空気感まで鮮明に残っていたりして。
義務感を感じると記憶にも残りづらくなる。
なんとなく、それに近い感覚なのかな〜なんて思ったりしたでありんす🤔
海もずっと入り続けていると疲れると思うので、
たまには陸に上がって、ゆっくり休んでからまた海に入る。そんな感覚くらいでちょうどいいのかもしれないですね🌊
と、牢屋から送信。
囚人番号1023より(いつまで入ってんだぁぁ!)